在宅時間の全国的な増加に伴い、人々のコンテンツ消化のかたちは大きく変わった。Webスマートフォンアプリを介した短尺動画の需要は依然として勢いを強め、配信プラットフォームの会員数は急拡大を続けている。しかしこれらとは違ったかたちで著しい発展を遂げているジャンルがある。それがゲーム実況、なかでもとりわけバーチャルYouTuberVTuber)と呼ばれる配信者たちの台頭だ。

【画像】大御所VTuber

VTuber黎明期 作り込まれた短尺動画

 2018年前後のVTuber黎明期、「キズナアイ」や「ミライアカリ」といった名前を聞いたことある人も多いだろう。3Dモデルを用い人体の動きをトラッキングすることで、アニメキャラクターが人間らしく動いているような感覚を与えた彼女たち。当時、その活動形式は他のYouTuber同様、数分~10分程度の短めの動画投稿をメインとして活動していた。年々大きくなっていったiPhoneをはじめとするスマートフォンの画面サイズはついに5インチ程度が標準となり、通勤・通学の合間や寝る前のちょっとしたスキマ時間に見るには最適の再生時間。彼女たちはSEやテロップなど演出編集も行われたそれこそ「見やすい」動画を投稿し、瞬く間に人気を集めていった。伸び続けるチャンネル登録者数に比例して「案件」と呼ばれる企業タイアップの動画投稿も行われるようになり、新作ゲームの紹介やキャラクター性を生かしたライブイベント等、多岐にわたる活動を続けていた。

 それから約4年。現在、VTuber業界のメインストリームで活躍している「にじさんじ」(運営:いちから株式会社)や「ホロライブ」(運営:カバー株式会社)といった事務所に属するVTuberの活動形態は、従来の動画投稿者と大きく異なる。彼らが投稿している動画は平均して1時間程度から、長いものなら6時間を超えるものも珍しくない。それは現在のVTuberの主流が生配信であり、視聴者はそれに対してリアルタイムコメントスーパーチャット投げ銭)によるコミュニケーションを行う……という形態にシフトしているからだ。

●「生配信」にシフトしたVTuber

 彼らの活動が多めになるのは夕方~深夜帯、多くの配信者についてゲーム実況メインコンテンツとなる。APEXbeatmaniaといった「魅せプレイ」が映えるゲームから、steamで販売されている海外のニッチなインディーゲームホラーゲーム。そしてもちろん、桃太郎電鉄ポケモンなどの全世代に人気のIPや、課金が重要視されるスマホゲームも人気コンテンツの一つだ。これらに視聴者とのコミュニケーションが重視される雑談配信やTRPG、「企画」と呼ばれるバラエティ番組のような形態のものが加わるかたちとなる。

 通常の社会であれば、これらのライブ配信を追いかけるのは難しい。毎日のように投下される数時間のアーカイブ、深夜に同時多発的に開始される雑談、記念枠、ご報告、新作ゲームに対する反応、新衣装お披露目……。にじさんじホロライブに限っても、所属する配信者は計150人ほどになる。とてもではないが1日が24時間で足りるわけがなく、主な動画の視聴時間である通勤・通学電車の中や、夜眠る前の少しの時間では追い付きようがない。主にファンが作成する「切り抜き」と呼ばれる動画(配信から面白シーンを文字通り「切り抜き」、字幕や演出を加えて見やすくしたもの)を見るのがせいぜいだ。

 ただ、リモート講義がメインとなっている大学生在宅勤務社会人など、家での時間を過ごさざるを得ない人にとってこれらの長時間配信は非常に消費しやすい。彼らの活動のメインとなるゲーム実況は、重厚な映画やアニメのように常に画面に集中しておく必要がなく、ラジオ感覚で流しておくのに非常に適している。また面白そうなところを見逃したのであればすぐさま巻き戻せる上に、コメントを利用した双方向性も楽しむことができる。

 このようなゲーム実況の歴史は意外と古い。広く知られているところではニコニコ生放送(08年~)、それ以前でもWindows Media Encorderを使用したストリーミング配信を2ちゃんねる(現5ちゃんねる)のスレッド上で実況する「なんでも実況V板」の各種スレッド(05~06年)、またpeercastlivedoor ねとらじLivetubeなどのツールを用いたWebラジオに近い実況は、15年前ほどより多数存在していた。配信用プラットフォームが日々現れては消えている近年でも、個人でのゲーム生放送主は多数存在しているが、そこにはVTuberと異なる点がいくつかあげられる。中でも大きいのが、コラボ配信の多さだ。

●「コラボ」から生まれる「箱推し」  

 多くの配信者を抱えるにじさんじホロライブといった事務所は、その多くの配信で複数人によるコラボ配信を行っている。FPSゲームポケモン対戦などを複数チャンネル間で横断して行い、互いのファンコラボレーションからくる面白さを訴える。また「ARK」や「マインクラフト」といった、特定ローカルサーバ内で各配信者が自由にオープンワールドゲームを楽しむことで、突発的に発生するコラボ視聴者は楽しむことができる

 このようなコラボは最も簡単に合計視聴数を増やす手段だ。単体としてのファンに、コラボを入り口としてグループ全体の推しになってもらうことで、すなわちアイドルでいうところの「箱推し」へと変える。それによりチャンネル間の回遊を増やし、総合的な動画再生数の増加につなげることができる。

 特ににじさんじの動きに顕著なところでは、昨今公式チャンネルでの「公式番組」を精力的にリリースしていることが挙げられる。共同テレビの制作協力を得てのゲームバラエティヤシロ&ササキのレバガチャダイパン」(20年4月~)の再開に加え、深夜番組をコンセプトにした「にじさんじのB級バラエティ(仮)」「クイズバラエティにじクイ』」(どちらも20年12月~)などである。これらの番組にて業界最多レベルVTuberを抱える強みをコラボレーションの多様さで見せることで、「箱」のファンを増やす。そうすることで、結果的にプラットフォームからの広告収入・企業からの広告案件のみではない収益の柱にファンを誘導することができる。ライブイベントへの集客だ。

●広告以外の収益柱 ライブイベント

 21年2月末、「にじさんじ Anniversary Festival 2021」が開催された。東京ビッグサイトを舞台とした初の大型フェスは、コロナウイルス感染拡大に伴いほとんどのライブステージ無観客・配信のみとなってしまったものの、20年5月にメジャーデビューを果たした「Rain Drops」を始めとした30人以上のライバーが参加。また「見たくなったタイミングからでもチケットを買える」というネット配信の強みを生かし、イベント以外にも多くの企画配信をYouTube上で無料配信。ライトファンに対しても、「次はフルで楽しみたい」と思わせるような戦略で逆境をプロモーションに利用してみせた。

 またホロライブも、同年2月にグループ全体ライブhololive IDOL PROJECT 1st Live.『Bloom,』を配信限定で実施。「歌ってみた」に代表されるようにアニソンボーカロイド楽曲のカバーが中心であるVTuber業界において、全曲オリジナル楽曲でのライブを行ったのは非常に特徴的だ。また一期生のデビュー3周年となるこの5月には、hololive 1st Generation 3rd Anniversary LIVE「from 1st」が開催される。メイン収益は配信チケットで、緊急事態宣言延長により、完全オンラインライブに切り替わった。

 オリジナル楽曲のリリースライブイベントの実施やグッズ販売というプラットフォームからの広告収入のみに頼らないビジネスモデル。これはキズナアイ輝夜月といった先駆者も試みていたことだが、VTuber視聴人口の増加に伴ってこの1年間で一気に加速したという印象だ。

●進む海外進出

 ただ、これらの拡大にも限界がある。これらVTuberメイン視聴者アニメゲームに強い関心のある20~30代がメイン層となり、限られたパイの取り合いになってしまう。そこで20年前後より、大手の事務所は海外を見据えた動きを始めている。例として大きなところでは中国市場に対し、もとより日本のアニメ文化に関心のある層に向けてbilibili動画の公式チャンネルを作成して配信を行っている。

 それ以外に関しても、にじさんじインドネシア・韓国・インドにて独自のVTuberデビューさせており、最近は日本を拠点とするライバーとのコラボも見られるようになってきた。ホロライブも同じく「ホロライブインドネシア」「ホロライブ中国」、そして英語圏での活動をメインとする「ホロライブEnglish」を始動している。

 ただし「ホロライブ中国」は19年11月に全メンバーが卒業し事実上のプロジェクト凍結。「NIJISANJI IN」は21年4月にプロジェクト一時休止が発表され、同じくメンバーは全員が、卒業となった。文化圏・政治的状況が異なる国での活動はやはり難しいことがあるものの、今後もこのような海外への進出の動きが止まることはないだろう。

 その成功のはじまりともいえる「ホロライブEnglish」。プロジェクト開始から半年ほどにもかかわらず全員のチャンネル登録者数が90万人を超えるなど、日本を拠点にする配信者と比較しても非常に大きな成功を遂げている。にじさんじも20年末には、英語圏向けライバーのオーディションを告知。今後はより広範囲的に、英語圏での市場獲得が始まっていくことになるだろう。

●市場の拡大と、企業案件の変化

 これからも拡大が予想されるVTuber業界に対して、企業はどう付き合っていくべきか。VTuberの企業案件の多くを占めるゲームの認知拡大、インストール目的での配信依頼についてはこれからもメインストリームとなっていくだろう。特に最近見られる、「VTuberと一緒にクランを組んで遊べる」という視聴者参加型の企画では、同時接続者が多く発生する生放送配信者が非常に強い。

 また弱点である「実態としての商品に触れる姿を写すことができない」点については、キャラクターIPとしてのVTuberの強みが発揮できるだろう。ホロライブの「カレーめしコラボ」、また複数のVTuberによる共同企画「VTuber酒蔵応援プロジェクト」など、CPG(飲食料消費財)とのプロモーションは今後も行われていくはずだ。

 メインとなる特定視聴者層にヒットするサービスとしては、「おたくのやどかり」「いい部屋ネット(大東建託)」といった不動産賃貸・転居サービス、「タップル」などのマッチングアプリサービスからの広告案件が既に存在している。このようなWebサービスの紹介にはターゲット層とマッチさえしていれば、適しているといえるだろう。

 アニメ的なキャラクター性と人格を併せ持つ強みを生かしながら、技術の進歩とともにその可能性も広がっていくVTuber。これからも目が離せない業界である。ああ、また配信が始まってしまう……。

●著者プロフィール

将来の終わり

東京都出身。映画ライター・広告業。推しは剣持刀也卯月コウ。主な寄稿先に「ねとらぼ」「SFマガジン」、共著に『「百合映画」完全ガイド』(星海社新書)。

20年9月にスタートしたホロライブEnglish。Gawr Gura(がうる・ぐら)の人気がすさまじい


(出典 news.nicovideo.jp)


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